脚本家の坂元裕二さんのオリジナル作品である、ドラマanone。anoneの視聴者の中からは、同じ坂元裕二さんが脚本を手掛けたドラマであるカルテットを思い出す!という声が続々と上がっています。脚本家の坂元裕二さんが書き下ろした、anoneとカルテットという二つのドラマ。視聴者の間で、この二作品のどのような点が似ていて、どこが違うと話題になっているのか、調べてみました。




anoneはカルテット脚本家!共通点が?!

同じ坂元裕二の脚本であるanoneとカルテット。

Twitterなどではanoneとカルテットには共通点があると多くのつぶやきが上がっています。

“他人同士が暮らす物語”

anoneのハリカ、亜乃音、舵、るい子の4人は、それぞれ本当の家族の暖かさには恵まれないでいるものの、他人同士で寄り集まい、家族のように暖かい関係を築いています。

カルテットの真紀、すずめ、別府、家森の4人も、それぞれ心に穴を抱えた他人同士で共同生活を始め、家族のような絆を深めていきます。

どちらも4人の他人同士が集まって一緒に暮らす、というところから、anoneとカルテットが似ていると感じる視聴者は多いようです。

“楽しい食卓シーン”

anoneでは、他人同士で暮らしているハリカ達4人が、食卓で焼うどんを食べたり、鍋を囲んだりする食事シーンがたびたび描かれます。

食事をしながら、互いに何気ない会話を交わす場面は、とても和やかで楽し気で、見ているほうも楽しくなってきます。

カルテットでも他人同士で共同生活をする真紀達4人はしょちゅう食卓を囲んで、たわいもない話をしており、その場面を思い出した人も多いようです。

ドラマに緊迫した場面があっても、4人の食事シーンでは、ふっと空気が緩み、ほっとさせられるのも、anoneとカルテットで共通しているようです。

“理市とありす”

“舵と家森”

anoneでハリカ達4人が鍋を食べる場面で、舵が食材の賞味期限切れについてこだわり、周りからめんどくさいと言われる場面がありました。

カルテットの家森も、真紀たちと4人との食事の時に唐揚げにレモンをかけるかどうかのこだわりをくどくど話し、めんどくさがられる場面があったので、舵と家森が似ている、という声が多く上がっています。

舵と家森以外にも、anoneとカルテットの4人の主要人物たちをそれぞれのドラマに当てはめてみている人もいるようです。

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anone はカルテット脚本家!相違点は?

似ていると言われる一方、anoneとカルテットの相違点についても話題になっています。

“ドラマの空気の重さ”

彦星や梶が余命わずかな病にかかっており、さらに主要人物4人が偽札作りに巻き込まれていくanone。

一緒に暮らす男女たちのほのかな恋愛も交え、どこか軽やかさのあるカルテットに比べてanoneの方が空気が重いという声も上がっています。

anoneの重さは、同じ日テレ水10枠で放送された坂元裕二脚本のドラマ「mother」「woman」の雰囲気にも似ているという意見も。

また、カルテットの舞台は冬の軽井沢だったので、どれがドラマの空気を作り上げるのに役立っていたのでは?という意見もあります。

“4人の行き先が異なる”

カルテットでは他人の戸籍を買うという罪を犯していた真紀が、すずめ、別府、家森の前から姿を消しますが、最終回で4人は再会して再びカルテットを組みます。

この先も4人はずっと一緒なのだろうと思わせる結末が待っていました。

しかし、anoneのハリカ、亜乃音、舵、るい子のうち、舵は余命半年を宣告されていて、さらにこの4人は偽札作りという犯罪に手を染めようとしています。

カルテットと違い、4人がずっと一緒にいられる未来はありえないのでは?と心配する視聴者もいます。

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anoneとカルテット心に残るセリフは?

anoneもカルテットも、何気ない会話の中に、心に残る名言が隠されています。

人は手に入ったものじゃなくて、手に入らなかったもので出来てるんだもんね。

実の娘のように育てた玲と、玲の実母が現れた途端にうまくいかなくなったことを語りながら、亜乃音がハリカに行ったセリフです。
亜乃音の喪失感を感じさせ、切ない気持ちにさせられます。
思わず、自分の体験と重ね合わせてしまう方もいるのではないでしょうか。

生きてても死んでても、好きな方の人と一緒にいればいいのに。

生きている息子に愛されないからと、死産した娘の幽霊を愛している自分はダメだと語るるい子に、ハリカが言ったセリフです。
息子だからといって、愛されないのに一緒にいる必要はない、という言葉が、両親の愛に恵まれなかったハリカの口から語られると、重みを感じます。

何もできなくていいの。その人を想うだけでいいの。
その人を想いながらここにいなさい。

集中室に入っている彦星の病室を遠くから見つめていたハリカは、何もできない自分がいる意味はない、と帰ろうとしますが、亜乃音はそんなハリカを引き戻し、このセリフを口にします。
他人であっても、何もできなくても、確かな想いがあるなら、ただそこにいることが大事だという言葉が、胸に響きます。

生きなくたっていいじゃない。暮らせば。暮らしましょうよ。

生きるのは難しい、と生きる意味について語りだするい子と舵に、亜乃音が言ったセリフです。
何かをしなければ、と必死に生きるのでなくてもいい、ただ暮らしていけばいい、という優しい言葉に、ホッとさせられます。

カルテット

夫婦って、別れられる家族なんだと思います。

別府が真紀に夫婦とは何か?と聞いたときに、真紀が答えたセリフです。
後に明かされる真紀の過去の重要な伏線となっています。
さらに、夫婦や、家族の定義というものについて考えさせられるセリフでもあります。

泣きながらご飯食べたことある人は、生きて行けます。

過去の確執のため、父親に死期が迫っていても、病院を訪ねることができないでいたすずめに真紀は軽井沢へ帰ろう、とうながし、二人は食事をします。
その時、泣きながら食べるすずめに、真紀が言ったセリフです。
坂元裕二さんが食事シーンを大切にしているのは、食べることは生きることにつながるからなのかもしれません。

愛してるけど、好きじゃないです。

真紀の元夫が、真紀について同僚に語ったセリフで、真紀は偶然それを聞いてしまいます。
妻である真紀のことは家族として愛しているけれど、もはやそこに恋愛感情はなくなっていることを感じさせる言葉です。
夫婦のあり方について、思わず考えさせられた方も多いのではないのでしょうか。

anone カルテット 脚本家の意図は?

anoneでもカルテットでも、他人同士が、寄り集まって、家族のような暖かいつながりを得る様子が描かれています。

そして彼らのほとんどは、血のつながった本当の家族との関係がうまくいかなかった人々です。

彼らは他人同士で暮らし、一緒に楽しく食事をし、一緒に歯磨きをし、お互いを思いやり、助けようとします。

そこから伝わるのは、家族だから絶対心が通じ合うわけではないし、必ず愛さなければいけないわけでもないという事、たとえ他人同士でも、心が通じ合って暖かい絆を築ければ、その人たちを愛して、家族になったっていい、という脚本家の坂元裕二さんの考えです。

坂元さんは、家族であっても他人で、家族が絶対ではないと考えており、また他人同士であっても、人と人の間には家族のような絆を持つことは可能である、ということをanoneやカルテットを通じて描こうとしているのかもしれません。

anoneカルテット脚本家まとめ

同じ坂元裕二さんが脚本を書いた作品だということで、視聴者からさまざまな共通点を指摘されているanoneとカルテット。

どちらのドラマにも他人同士で紡いでいく絆や、彼らが和やかに楽しく囲む食卓が描かれ、家族でなくても、人と人は深くつながることができる、ということを考えさせられます。

カルテットとanoneで違っているのは、カルテットには4人でずっと過ごす未来があっても、anoneの4人にはないのかもしれない、と予感させることです。

anoneのハリカ、亜乃音、舵、るい子がこの先どのような運命をたどるのか、家族のようだった4人の絆はどうなっていくのか、この先も目が離せませんね。

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